
平山城跡(東京都日野市平山6丁目)を訪ねてみました。城と言っても、源氏方の侍大将として名を馳せた平山季重(ひらやますえしげ)の見張所があったと伝えられる場所です。見張所であっても広義では城であるわけですが。その見張所のあった多摩丘陵の一画が現在「平山城址公園」となっています。
城址公園入口は、近世の城の塀を模した造りになって居ます。これは平山季重が活躍したころの塀壁とは違うかもしれませんが、城址公園としての雰囲気を出すには十分でしょう。
平山城址公園の説明案内図板
城址公園の説明に係る部分のアップです
早速、公園内を散策です
木橋 やはり城跡は木の橋が似合う
猿渡の池
実は、季重神社はこの城址公園の中にあるものとばかり歩いていたのですが、それを示す標識は見当たらず。
丁度、犬の散歩に来ていた女性の方に遭遇しましたので、「聞くは一時の恥 聞かぬは一生の恥」ならぬ「聞かぬは一生歩くはめに」ということで季重神社の場所をお聞きしました。
何となんと、公園内ではなく公園の外にあるとのことでした(案内図を確認したのに何という有様・・・いつもことではありますが)
公園内の散策は早々に打ち切って、公園から出て教えていただいたとおりに歩き、鎖がかかった所に到着。
侵入を禁止しているのではありません。警察・消防・市役所の駐車用のため一般車両の駐車を防ぐための鎖のようです。
鳥居と祠が見えます
鳥居の扁額には「平山季重神社」
平山季重神社の祠
創建は不詳ですが、古くは日奉明神社と呼ばれており、現在でも日奉神社とも呼ばれているようです。平山季重が祖先の日奉を祀ったものとも、季重を子孫が祀ったものともいわれるようです。
日奉(ひまつり)とは、平山氏の本姓です。
無論、この祠は最近(平成17年造営)のものですが、丘陵の突き出たこの場所に見張所があったと伝えられています。
祠正面に「平山季重」としっかり彫られています
鳥居を出た左側に道標が建っていて、山を下っていけば平山城址公園駅に至るようでしたので少し下り始めました。しかし、ちょっと距離がありそうでしたし、片道だけなら歩いて行ったのですが、また戻って来なければなりませんでしたので断念。
この後、この平山城(見張所)と一体であったと考えてもよい「平山氏館跡」に向かいましたが、これは別記事とします。
散策日:平成30年(2018)5月28日(月)